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詩という生活・オオカミ編集室のブログ

光冨幾耶の文芸雑記・雑感、文芸雑誌「オオカミ」の告知・情報ページです。

年始。平安祈願。要石。

謹賀新年。1日、被災のあった方々には、平安が訪れますように。

ここ数日、藤沢の近所の神社・仏閣参りを十数か所でしていた。いつもその神仏・社の繁栄と感謝、地域の人々の幸せを祈っているのだが、今年は、被災の方と日本の平安も特に祈らせていただいた。
昨日は、千葉県、成田新勝寺(主に我が家のこと)、鹿島神宮(主に武道のこと)、香取神宮(主に日本の平安)にお参りをしていた。最後にお参りをしていた香取神宮では、被災地の方々と日本の民の平安を主にお祈りさせていただいた。鹿島神宮と香取神宮では要石というものが凹凸の関係(「対」という意味)であり、ここで地震を発生させる「鯰」を抑えているという説を聞いた。プライムビデオで視聴した「すずめの戸締り」でも「要石」が出ていた。

本日、あるいは明日は遊行寺など近所のお寺参りの予定。

1月4日㈭の神奈川新聞・現代誌時評(光冨評)では、金井雄二評論集「げんげの花の詩人、菅原克己」(書肆侃侃房)、佐久間隆史詩集「狐火」(土曜美術社出版販売)、佐々木淑子詩集「道は粒子となって」(文化企画 アオサギ)、豊岡良詩集「高詠―長編詩 陽炎の歌」(横浜大氣堂)、ポエム横浜’23アンソロジー」(横浜詩誌交流会)などを紹介させていただいた。

文芸関係は、ほかには2日に日本現代詩人会HPの投稿欄関係の事柄を少ししていた。TOPページに1日以降と15日以降に縦書きで、入選作品が公開される。近日あるいは後日、投稿欄の集計のまとめをする予定。

オオカミ42号は、アマゾンで印刷版、kindle版、楽天Koboで電子版が発売中。

目次――1
ハマニンゲン・佐相憲一――4-5
0時61分・ 颯木あやこ――6-7
おもて・鹿又夏実――8-9
指針と行方は・日野 零――10-11
秋・関 中子――12
峠の我が家・佐々有爾――13
晩年・石川厚志――14
校舎・森 雪拾――15
ひとりの友に・森 雪拾――16-17
たそがれ 黄昏虐・芝田陽治――18-19
ひとり連衆〈プラネタ〉・木内ゆか―20-21
カラス・ 梅津弘子――22-23
ある余白のために・矢板 進――24-27
嵐・松崎 司――28-29
わけみたま・松崎 司――30
時代・松崎 司――31
伴侶2・金子忠政――32-33
目・冨田民人――34-37
セカンドフィンガー・宮坂 新――38-40
明るい砂場にて・光冨幾耶――41-43
大阪近郊の歴史
・あたるしましょうご中島省吾――44-47
■「6/7右指のリップシンク」(Exodus19:1)・
 平川綾真智――48-49
気配・塩路明子――50
秋のリズム・塩路明子――51
呼び声・荻 悦子――52-54
水/皿・坂井信夫――55
飯盛女・長尾雅樹――56
松本俊介(2)自画像・長尾雅樹――57
70億の針・福士文浩――58-61
金環皆既日食・小桜ちゅぴこ――62
広告――63-65
プロフィール――66-70
告知——71
編集後記・奥付――72

表紙画:志久浩介
お手伝い:小桜ちゅぴこ
編集発行:光冨幾耶

本日あるいは明日は、詩祭Ⅱ部の記録用DVD作成の予定。事務局に収められる。あとは、横浜詩人会通信の発送準備、次号企画案、次号オオカミの企画案など。

1月27日は、依頼があって日本現代詩人会の現代詩ゼミナール(中村邦生氏)・新年会があって、講演のみYoutubeとHP用に動画撮影・編集する予定。役割を終えたら、新年会には出ずに帰宅する。(パーティーや懇親会は苦手なので)

わたしは詩をひとりで書くのが好きなので十代のころから続けている。名や名声には関心がない。オオカミという雑誌は、元気のないひとがいたので、元気づけるために作ったので、いろいろその後、変遷があり、形や参加者が変わったが、思いは変わらない。やっていることは始終、一貫している。それをどう評価するかは、ひとの勝手。わたしの勝手とひとの勝手と、勝手に中核メンバーや創始グループがシステムを作り、利用し、途中で変えていっているだけで、それは詩の世界も会社も学校もほかのジャンルもひとが作るものはだいたい似たようなもの。地球という環境と、人類・人間たちの社会や共同体やグループや集団など、それぞれが勝手に作っているだけ。それでもより良いものでありたいと思うのであれば、そしてこちらで「良いこと・善いこと」(意義のあること・楽しめること)と理解できれば、できる範囲で協力する。本当は上下とかエライ、エラクないなどどうでもよい。賞をとったとらないなどもどうでもいい。人気がある、ないも、金になるならないもどうでもいい。プロアマ関係がない。大切なことは、地球とひとのエゴに関わらない、幸福。それを詩のジャンルでもできる範囲で協力している。会社でもほかのジャンルのことでも、そのくらいしか納得できる考えはわたしにはない。ただ、何に価値を認めるか、何を好きかは人ぞれぞれなので、特に関与はしない。わたしも好きにするし、みなも、あるいはひとそれぞれ好きにすればいい。エラクなりたいひとはそれでよい、金をかせぎたいひとはそれでよい、ほめられたいひと、尊敬されたいひと、みなぞれぞれ。自由意志でできれば善のほうが望ましいが。やがて棲み分けがはっきりとしてくる、いまは端境期、あるいはある段階の一つの起点。すべてのジャンル(分野・共同体)や人々(人類)はやがて一つにまとまり(統合)され、地球という惑星が、光輝くものになる。そのなかで、いくつか魂のグループ分けがある。「神の計画」の第1段階(ひとそれぞれ名称や定義があると思うので、あくまでわたしの役割からみた「神の計画」「段階」)はできたようなので、実はもうわたしは見えない形でずっと協力してきていたので、この段階で地を去ってもよい(任務完了)のだが、平均寿命的にみてあと三十年くらいはあるので(良くてわたしは86歳で亡くなる)、あとはやり残しを叶えるだけ。短ければ、これからの危機的状況もあり、あと1、2年だが、意外と子供のころから一人でサバイバル感覚で生きてきたので、するするとウナギやヤナギのように、危機からすり抜けて、最後のほうまで生き延びるタイプだと思うのだが、それでも寿命はあるし、この地上で永遠に生きようとも思わないので、もうこのへんで十分と思うような時期があるという気がする。そのあと、とくに49日内であちこちであいさつやお礼などしないで、とっとと宇宙か天界にでも還ってしまうような気がする。ちなみに「信じる」ということは「創る」ことに通じる。

この正月の楽しみに、プライムビデオで「劇場版SPEC」など数作(3作くらいかな)を視聴していた。最後の最後、のシーンの終わり方、描き方はあれでよいのかなと、もし自分が作り手ならどうするか、自分で考えたりしている
ほかにお遊戯のような自分たちのレベルだが、朝・夜のZOOMのヨガに参加していた。プロのダンサー等も参加しているようだが、わたしと家族はほとんど猫がごろごろしているような程度(あくまでわたしたちが初心者)だが、未熟でもそれも楽しい。

自分、ここで終わったとしても十分楽しかったが、あともうすこし気の向くまま(自分の魂の計画通り)、なにかやっていると思う。ここ最近、現実・物質を超えた空間の動きや映像や出来事を自分の目でかいま見るようになった。(わたしが何を書いているのか、理解できなくてもいい。流してほしい)
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