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詩という生活・オオカミ編集室のブログ

光冨幾耶の文芸雑記・雑感、文芸雑誌「オオカミ」の告知・情報ページです。

三峯神社参拝ー文芸誌のオオカミ関連

昨日、秩父の三峯神社に家族とお参りに行ってきた。三峰山博物館にはじめに寄り、日本狼や秩父宮様の資料・展示物を見てきた。秩父宮様の肖像画があり、品性の豊かさと温かさを感じて絵とすこしお話をしてきた。たまに神木様や道ばたのお花や虫さんとお話をするのだが、絵とお話をすることはあまりないかもしれない。ゆかりの動物の剥製もあり、狼やイノシシは迫力があった。鹿の目はうるわしい。祈祷や御眷属様のお返しや拝借をしてきた。急な階段もあり、脚が軽く筋肉痛(笑い)。
4月初めは日本現代詩人会の投稿欄の集計、横浜詩人会通信の発送、中旬はA誌最終号のDTP作業をしていた。
文芸誌オオカミ43号は二十数名の参加。午後から編集作業に入るかもしれない。ご参加に感謝。


神奈川新聞2024.4.4掲載・現代時評は以下を紹介。(敬称略)

伊藤友香詩集「神さまのいない場所で」(中央公論新社)

いだ・むつつぎ詩集「笑い声」(コルボ出版)

草野理恵子「紐」(「Rurikarakusa」24号から)。


三峯神社2024

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雑記。これといって特になし。

平穏。ただしここ数日、軽い頭痛がする。今年はじめての居合の稽古に参加。忙しかったり、体調不良だったりで、だいぶ休んでしまった。基本的に詩のイベントや会合や編集や執筆等と、居合の稽古が重なることもあり、たいてい、役割上、詩の活動を優先するので、居合の稽古の進歩が遅い。

という詩の関係者からはどうでもいい話ばかりしているのだが、気合いを入れて詩の事柄を書くと、仕事と変わらなくなるので、やだ。隠居したいお年頃である。落ち着いて、8時間、時間と空間を確保できる会社の仕事のほうが、どちらかというと楽だ。ただ、朝早起きと朝の通勤はやだ。早朝、月といっしょに通勤し、夜、月と一緒に帰宅する毎日である。
しかたがないので、紙で宇宙船を作るほら話をしようかと思ったのだが、飽きたので、そろそろプライムビデオでも観ようと思う。

一応、詩と思想の原稿は仕上げて、脱稿した。オオカミ43号の作品も仕上げた。横浜詩人会通信の編集DTP作業は見なおし以外はほぼ完了。確定申告済み。今月残りは、通信の入稿と、新聞の現代詩時評が来週の土日となる。いつもスケジュール帳で、各種進行状況のチェックをしている。もうそろそろ、月に還りたいお年頃である。かぐや姫が待っていてくれるかもしれない。

雑記。詩集賞決定。速報係。

本年度のH氏賞と現代詩人賞が決定され、さきほど(夕方)、日本現代詩人会のHPとSNSで速報を流した。という係・担当なわけなのですが、わりと楽しく自宅待機でしている。ちゃかちゃかキーボードを叩いているのが好きであるのだが、原稿を見ながらの文字入力は苦手である。はじめからワープロ文字で打って、データを渡していただければいいのにと、数十年前・二十代の頃から思っているのだが、印刷関連のオペレータとしては、ストレスのある作業に思えてしまう。入力の作業、チェック、修正等に手間がかかるので。今回は、ワープロ文字でいただけたので、感謝。

本日は、家で、居合の稽古もここしばらく忙しくて休んでいるのだが、横浜詩人会の会報の編集DTP作業をしていた。未着の原稿以外はおおかた、組版を終えた。
今月は、あと、詩の推敲2作と、いつもの時評1つと、それから年に1回の確定申告をしないとけない。基本的に会社員で、土日に副業的にオオカミ編集室をしているので、収支が大きく赤字にならなければよいので、そんなにやる気を出したくないというここ最近の動向である。(作業量が多くて、無理。会社卒業したら、ボクがんばる、すこしぐらいは。そんなには大変だからいい。そこそこ)今年は、居合の師匠の全詩集制作と、いつも利用してくれる詩人さんの電子書籍の話がある。
4月に居合の演武会があるらしいので、そろそろ土日は稽古に行かないといけない。
ちなみにオオカミ43号の締め切りは、今月末です。よろしくお願いいたします。でも無理しなくていいです。ほんとに、集まり過ぎると作業が大変だから、はい。
神奈川新聞文化時評・現代詩は3月7日木曜日。坂井信夫さん「皿」、颯木あやこさん「0時61分」の作品、佐相さん、鹿又さんのお名前とタイトル(オオカミ42号から)、鳥本鉄心さんの詩集「少年の城」(私家版)、間米由美子さん詩集「心に響く幸せの詩」(湘南社)、新沢まやさん「机」の作品、「地下水」、「伏流水」、「詩人の輪通信」、「詩人会議」の短い雑誌紹介など。
いつも、詩集、雑誌のご恵贈・送付、ありがとうございました。
そうそう、こないだ、年に1回年始の占いをしてもらったら、去年、一昨年は、天中殺だったらしい。一昨年はうつぽかったし、昨年は体調不良続きだったので、なるほどと、合点した。今年4月からは、もっと仕事が来るらしい、というか、ほどほどでお願いします。もしくは単価上げていいっすか!!





雑記。そろそろ快復。

数年前の2回の新型コロナワクチン接種、昨年の新型コロナ感染等で、長く体力的・気力的にも倦怠感やいままでなかった筋肉の痛み等(心臓や胸やそのほかの部位)があったが、ようやく今年の1月で抜け始めた感があった。新型コロナワクチン薬害があるのではないかと疑っていたが、今後は社会はこの方向で進むのだと思う。ふつうはこの手の後遺症等はなかなか抜け出すのが難しいようなケースもあるらしい。今年はわたしは引き続き「健康第一」、デトックス。


本日は、新聞の文化時評・現代詩の本読みと下書き、明日は脱稿予定。ほかに依頼の詩の関係がいくつかあるのと、自分や家庭のこともしないといけない。平日は会社の仕事だけで背一杯になってしまうので(若い頃よりは体力・気力が続かなくなったので夜は、休養を取るようにしている。たまに作業や調査や連絡をしているが)、休日も忙しい。

とある方の詩の全集を企画中。年内発行予定。2つの詩誌の制作入稿待ち。他。

「オオカミ」43号は、3月末締め切り。わたしも作品を仕上げないと行けない。「詩と思想」の締め切りも3月20日で、こちらも仕上げないといけない。

オオカミ参加者では、第24回日本詩人クラブ詩界賞候補に佐相憲一さんの『生きることと詩の心』があがっているので、楽しみではあるが、金井雄二さんの『げんげの花の詩人 菅原克己』もあがっているので、どうなるか。
横浜詩人会会長・佐相さんと同理事長・金井さんのお名前が2つ挙がっているのは、横浜詩人会としては、すごいことなのかもしれない。



 









雑記。本日は横浜詩人会総会。及び自作の解説。

万年風邪ぽいみつとみでありますが、本日は横浜詩人会総会だった。カメラマン役で参加。佐相憲一会長のここ数年は大変フレンドリーな詩を楽しむ会となった。会員も増えている。わたしもそれなりにあいさつをしていた。


さて、前に自作の「明るい砂場にて」という作品を「オオカミ」とこのブログに掲載したが、一部読者としては気になる点もあるようで、それはそれで有り難い。自作の詩の解説は本来避けているのだが、今回は3点だけ触れたい。

1、話者はだれか? 作者である。子どものころのわたしの実体験で、ほとんどそのまま記憶に従い書いた。

2、暗い砂場なのになぜ「明るい砂場」なのか? いじめっ子(暴行者)たちは嫌がらせをして声をあげて喜んでいるのだから、彼らからすると、「明るい砂場」なのだろう。(3人がかりで砂山を作るより、一人で作る砂山のほうが早く高かったので、腹が立ったのであろう。それに相手は一人だから悪さをしても仕返しされる心配もない)わたしにとっては、雲があるだけで、その上には太陽があるのだし、暗い砂場でも「明るい砂場」なのだ。なぜなら、作品に書かれていないので読者は知る必要はないし書いても仕方が無いが、わたしの最初の友だちは野良犬のシロであり、この子と遊んだのが砂場だったのだから。悲しくても孤独でも、わたしにとっては「明るい砂場」なのだ。もちろんいじめる側への皮肉でもあり、悲壮な自分に対する皮肉(自虐)でもあり。(わたしの最初の友だちはひとの子ではなく、ワンちゃんだった。いまでも散歩すると、ほかの飼い主の犬にもわたしは良く好かれる)

3、「ひとの子」と呼ぶ話者はどのような存在か? ひとの子であり、神の子である。それはいじめっ子の「ひとの子」も同じだ。ひとの子は神の子でもある。だが、彼らはわたしを「ひとの子」ではなく、「獣の子」あるいは「欲求不満解消機」として物扱いした。つまり、本来は人の子は神の子であるのに、話者だけ、「ひとの子」として扱われなかった。その悲しみやつらさや苦しみを、俯瞰の視点で見ていじめっ子を「ひとの子」として、つらい目にあっている自分を見ていたのである。あまりにつらいので、体と心が分離したかのように。
(人からエゴを取り去って、神聖さを取り戻せば神に等しくなる)

4、おまけ。本来はではそうであるのなら、そのように読めるように書けというところだろうが、それはひとそれぞれの読解によるので、どこまで説明ではなく書くのかというのは、小説ではないし、詩の永遠のテーマのように、試み続けるのだろうと思う。この詩は、いじめる側といじめられる側と傍観側・気づかぬ者側(結果的に仕方が無いとはいえ、いじめを容認してしまう側・スルーしてしまう側)と慰める振りをする普段はいじめる側の4者に、どの立場にも逃れられることができない(どれかになってしまう)という点が、味噌である。

ということを書いても仕方ないので、普段は書かない。今回は、余計なことを書いた。容赦。自作の解説はつまらない。



雑談。とくに話すこともないのだが。

また風邪気味のわたしだが、しかたない。考えてみたら、子どものころから風邪気味だった。小さいころから、ハウスダストとダニのアレルギー性鼻炎もあるので、半世紀以上は、風邪っぽい。いまだに地球の環境になじめないらしい。ということで、そろそろ宇宙に帰りたいみつとみですが、みなさまにおかれましてはいかがおすごしでしょうか。(といってもまじめにご返事をされても困るかもしれませんが)

ちなみに知己ではない方からたまに、あるいはときどき、個人メッセージを、各種SNSからいただきますが、ご返事していません。きりがなくて対応できないので、すみません。いろいろ事情があるので、知り合い以外の方とは、お話をご遠慮させていただいています。FBのメッセンジャー(というのがあるのですか?)も以上以下天地前後左右の理由でしていませんので、詩と仕事関係の方やそのほかサークルや商品・サービスの関係の方は、登録のメールでお願いします。SNS関係はいろいろあるので、なるべく避けています。ときおり、不評があるようですが、登録の個人のアドレス以外は連絡しないので、ご了承ください。(不評は気にするときと、全く気にしないこともあり、まったく気づかないことはなかったことになるので、ご了承ください。もしかしたら、そもそもみつとみという人間はいないのかもしれません)
そろそろ趣味人として隠遁したい気持ちがあるのですが、しばらくは役割があるので、消極的にお仕事・依頼等を継続させていただいています。(若いころは仙人にあこがれることもあったのですが、修行は厳しいらしいので、そのうち流れました。本を読んで、小周天ぐらいはチャレンジしました。これはヨガや健康法やスピスピでも似たようなものがあるようです。チャクラ活性化するらしいです)
また、以上のように非常に人見知りなので、役割以外では、会社や詩やサークルでの社交の場にもあまり顔出ししていませんが、ご了承ください。人が集まるところは苦手なので、宇宙に帰るために、薄い銀紙を集めて、いま自分用の円盤型宇宙船を作っているみつとみです。
ときどき、詩と同じで実体験と虚構が微妙に混じり、昔からの癖で、本音と事実と冗談が混じるので、これを見極めるのには、たぐいまれな知性と常識と本質を見る眼力かもしくは、純度99パーセント以上の直感力が必要ですが、あまり気にしないのが一番です。はい。(ほとんどのひとはもちろんわたしのことをしりませんが、わたしもほとんどのひとのことをしりません。健全かもしれません)
普段無口ですが、言うと、いろいろ言えるので、いろいろあるので、言いません。今度、テレパシーでお話しましょう。普段は、スイッチオフしていて、スイッチがどこにあるか忘れていますが。
この文章をAIが書いていたら笑ってしまうのですが、まだAIはすこし質問するぐらいしか使っていません。わたしが完全にAIに追い抜かれてしまったら、仕事はロボットとAIにまかせて、わたしは庭や道ばたのお花たちとお話しながら(わたしの昔からの日常でもありますが)、神社で女神様たちときゃーきゃーいいながら、男神様とわいわいいいながら、楽しく人生を寝ぼけ眼で過ごしていきたいと思います。そのころには、手作りの銀紙製の宇宙船も出来上がっていて、試験飛行をしているかもしれません。あとは、宇宙空間に出た場合に、のり付けでセロテープでとめた銀紙の間から、空気がもれないかが心配です。これには卓越したのり付けのスキルが必要かもしれません。(ちなみに動力源は「動け」という思念と風向きです)
ということで、そういえば詩の団体から動画編集を頼まれていたと思うので、午後はそれをしようかと思います(や! もう午後だ!)。別の詩の団体の会報の原稿依頼もしないといけません、いちおう、仕事師でもありますが(よくわたしに依頼する気になるものですが、いちおう根は真面目らしいです)、ここまで読んでくださった方は、時間には限りがあるので、ご自分の休日を楽しまれるのがよろしいかと存じます。あしからず、あしからしからず、あげあしとらさらず、あすとあさってわがみしらず、と真言のように唱えれば、きっと光冨乃命(みつとみのみこと)の笑いが音ずれる、訪れるでありましょう、合唱、合掌、なむなむ、ねむい。(いかん、作業時間が予想外に取られてしまった!)




告知。オオカミ参加募集、日本現代詩人会Youtube、横浜詩人会Youtube、神奈川新聞・現代詩時評

オオカミ参加者・関係者の皆様及びブログ読者の方へ

昨年は大変お世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。

雑誌「オオカミ」の参加募集です。

【オオカミ43号】
締め切り:3月末日
編集:4月、5月
発行:6月ごろの予定

【オオカミ44号】
締め切り:7月末日
編集:8月、9月
発行:10月ごろの予定

数名の参加作品をすでに受け取っています。
ご参加ありがとうございます。

印刷版はAmazonにて販売。
電子版は、Amazon kindleと楽天Koboにて販売。
参加者の作品を、読者の皆さんのお手元に届けるようにとの考えです。
それでは、皆様のご参加お待ちしています。


神奈川新聞の現代詩時評(光冨評)ですが、
2月1日(木)発行分は、以下の方の作品を紹介しています。
(敬称略)

小川三郎詩集「忘れられるためのメソッド」、
荒船健次詩集「川崎大師本町」、
川井麻希詩集「滴る音をかぞえて」、
坂多瑩子詩集「教室のすみで豆電球が点滅している」。
ご興味のある方は、販売店やコンビニ、図書館で閲覧ください。


今度の日本現代詩人会の現代詩ゼミナールと新年会(1月27日)で、
あとから呼ばれてゼミの講演の内容をビデオ撮影(光冨)することになりました。
(新年会の模様は撮影ナシです)
YoutubeとHPに公開されます。
講演:中村邦夫氏「散文のポエティクス」

日本現代詩人会サポートチーム:Youtube
よろしければ、チャンネル登録、いいねボタンを押してください。

日本現代詩人会HP


横浜詩人会では2月17日に総会と記念トーク:椿原頌子氏があります。
会員さん限定ですが、一応記しておきます。
(わたしはカメラ撮影件会報HP担当者)

横浜詩人会

ちなみに数年前の動画ですが、横浜詩人会でもYoutubeチャンネルを公開していました。
よろしければ、こちらも登録といいねボタンを押してください。
古い画像ですが、昔はこれを撮影していたのですね。
詩とジャズの朗読会。(野毛・ドルフィーにて)
実際にピアニストやバンドの前で、
詩の朗読は聴くのも、朗読するのもいいものですよ。

公式横浜詩人会:Youtube

それでは、皆様、引き続きよろしくお願いいたします。

今年は健康第一をモットーに、地道に、のんびりしていきます。

オオカミ編集室 光冨幾耶

雑記。寒い冬は苦手。

という初めから、後ろ向きの表題のブログであるが、基本的にわたしは、寒いのが苦手である。なにもする気がなくなるのだが、実家にいるときは長年炬燵の守護神(守)であったわたしだが、藤沢に来てからは、ヒーターと電気毛布の愛に包まれて生活をしている。というどうでもよいことを書いているが、ある意味、自分のみならず、世界のすべてはどうでもよいかもしれず、いや両方大事ではあるのだが、そう言ってしまいたくなる、寒い時期ではある。よってかるくうつっぽいので、基本好きなことしかできなくなる。念のためにいうと「うつっぽい」というのはうつ病ではない。


文芸誌「オオカミ」43号は3月末締め切りなので、基本自由参加制なので、文芸か芸術関係なら、ポルノと政治組織・宗教組織の勧誘以外なら、だいたいOKとなるので、ご検討を。ただあんまり集まり過ぎると、わたしの作業量が増えるので、いまぐらいの二十数名参加でちょうどよい。昔からやるきがあるのかないのかわからない境界線上の活動をしている。

昨日、今日は、部屋にこもって、神奈川新聞の現代詩時評の本読みと下書きをしている。本日、脱稿予定。2月1日の時評の分。ほかに日本現代詩人会のHPの更新と横浜詩人会通信の企画など。また、詩と思想の執筆依頼があったので、事前に準備していた作品を読み返していた。もうすこし推敲が必要。

最近(あるいは昨年から)、居合の稽古にあまり行けていないのだが、土日は詩の関係の依頼やイベントがあるので、仕方ない(昨年は体調不良もあった。今年は復調したようだが、もともと低調なのでこんな感じ)。あと数年したら、会社を卒業して、家でごろごろしていることになりそうなので、そうしたら、稽古にもう少しは行けるかもしれないが、土日は詩のイベントがあるので、かち合ってしまう。悩みのたねである。

若いときは根暗と自他ともに承認済だったので、部屋にこもって、なにか作業をしているのが好きなので、会社勤めがなくなれば、部屋にこもって本を読んだり原稿を書いたりHP・ブログを更新したり動画を視聴・編集したりする冬はむしろ好きになるかもしれない。買い物はAmazonプライム等で届けてもらう。運動不足になるので、部屋でZOOMでヨガを習う。うっぷんたまってきたら、道場に行って、刀を目の前に置いて瞑想(居眠り)をする、いや稽古に励む。

そろそろエンジンがかかってヤバいこと書きそうなのでこの辺りで。後半のブログで書いたことはすでにカットした。調子に乗ると昔からまずい。真面目に書いていることと、ブラックジョーク的なことがいりまじり、ましてこの時代、コンプライアンスとダイバーシティと情報セキュリティにつまり法と環境とモラルと情報に気を付けないと、大変なことになるという昭和時代のスポコンが犯罪的になる繊細な世界ではある。スピスピ的に言うと、3次元から5次元の愛と奉仕の世界らしい。もう地球は5次元になったらしいが、人はまだ3次元の意識を抜けきらず、今年来年がその境目であると明暗の諸説ある。

ちなみにわたしがあっけなく昇天したら、弁天様(女神様)たちと天国で露店風呂に入ってきゃーきゃー言っているか、居場所がなくて(だれからも相手にされなくて)暗黒の宇宙を永遠に彷徨うかどちらかもしれない。後者の場合は大変なので、いまから、カプセル(宇宙船)を用意して、すきな漫画や本や各種アイテム等を完備しておかないといけない。その際にはひとりではさびしいかもしれないから、精霊さんたちと、AI機能付きやさしい美人アンドロイドは必須である。動力源は愛と太陽エネルギーである。そろそろ終活でAIを試すころかもしれない。どっちに転んでも好きなことしかできないという、まじに深刻かつ天国的な道しか、わたしには見えない。

そろそろ作業に戻る。






年始。平安祈願。要石。

謹賀新年。1日、被災のあった方々には、平安が訪れますように。

ここ数日、藤沢の近所の神社・仏閣参りを十数か所でしていた。いつもその神仏・社の繁栄と感謝、地域の人々の幸せを祈っているのだが、今年は、被災の方と日本の平安も特に祈らせていただいた。
昨日は、千葉県、成田新勝寺(主に我が家のこと)、鹿島神宮(主に武道のこと)、香取神宮(主に日本の平安)にお参りをしていた。最後にお参りをしていた香取神宮では、被災地の方々と日本の民の平安を主にお祈りさせていただいた。鹿島神宮と香取神宮では要石というものが凹凸の関係(「対」という意味)であり、ここで地震を発生させる「鯰」を抑えているという説を聞いた。プライムビデオで視聴した「すずめの戸締り」でも「要石」が出ていた。

本日、あるいは明日は遊行寺など近所のお寺参りの予定。

1月4日㈭の神奈川新聞・現代誌時評(光冨評)では、金井雄二評論集「げんげの花の詩人、菅原克己」(書肆侃侃房)、佐久間隆史詩集「狐火」(土曜美術社出版販売)、佐々木淑子詩集「道は粒子となって」(文化企画 アオサギ)、豊岡良詩集「高詠―長編詩 陽炎の歌」(横浜大氣堂)、ポエム横浜’23アンソロジー」(横浜詩誌交流会)などを紹介させていただいた。

文芸関係は、ほかには2日に日本現代詩人会HPの投稿欄関係の事柄を少ししていた。TOPページに1日以降と15日以降に縦書きで、入選作品が公開される。近日あるいは後日、投稿欄の集計のまとめをする予定。

オオカミ42号は、アマゾンで印刷版、kindle版、楽天Koboで電子版が発売中。

目次――1
ハマニンゲン・佐相憲一――4-5
0時61分・ 颯木あやこ――6-7
おもて・鹿又夏実――8-9
指針と行方は・日野 零――10-11
秋・関 中子――12
峠の我が家・佐々有爾――13
晩年・石川厚志――14
校舎・森 雪拾――15
ひとりの友に・森 雪拾――16-17
たそがれ 黄昏虐・芝田陽治――18-19
ひとり連衆〈プラネタ〉・木内ゆか―20-21
カラス・ 梅津弘子――22-23
ある余白のために・矢板 進――24-27
嵐・松崎 司――28-29
わけみたま・松崎 司――30
時代・松崎 司――31
伴侶2・金子忠政――32-33
目・冨田民人――34-37
セカンドフィンガー・宮坂 新――38-40
明るい砂場にて・光冨幾耶――41-43
大阪近郊の歴史
・あたるしましょうご中島省吾――44-47
■「6/7右指のリップシンク」(Exodus19:1)・
 平川綾真智――48-49
気配・塩路明子――50
秋のリズム・塩路明子――51
呼び声・荻 悦子――52-54
水/皿・坂井信夫――55
飯盛女・長尾雅樹――56
松本俊介(2)自画像・長尾雅樹――57
70億の針・福士文浩――58-61
金環皆既日食・小桜ちゅぴこ――62
広告――63-65
プロフィール――66-70
告知——71
編集後記・奥付――72

表紙画:志久浩介
お手伝い:小桜ちゅぴこ
編集発行:光冨幾耶

本日あるいは明日は、詩祭Ⅱ部の記録用DVD作成の予定。事務局に収められる。あとは、横浜詩人会通信の発送準備、次号企画案、次号オオカミの企画案など。

1月27日は、依頼があって日本現代詩人会の現代詩ゼミナール(中村邦生氏)・新年会があって、講演のみYoutubeとHP用に動画撮影・編集する予定。役割を終えたら、新年会には出ずに帰宅する。(パーティーや懇親会は苦手なので)

わたしは詩をひとりで書くのが好きなので十代のころから続けている。名や名声には関心がない。オオカミという雑誌は、元気のないひとがいたので、元気づけるために作ったので、いろいろその後、変遷があり、形や参加者が変わったが、思いは変わらない。やっていることは始終、一貫している。それをどう評価するかは、ひとの勝手。わたしの勝手とひとの勝手と、勝手に中核メンバーや創始グループがシステムを作り、利用し、途中で変えていっているだけで、それは詩の世界も会社も学校もほかのジャンルもひとが作るものはだいたい似たようなもの。地球という環境と、人類・人間たちの社会や共同体やグループや集団など、それぞれが勝手に作っているだけ。それでもより良いものでありたいと思うのであれば、そしてこちらで「良いこと・善いこと」(意義のあること・楽しめること)と理解できれば、できる範囲で協力する。本当は上下とかエライ、エラクないなどどうでもよい。賞をとったとらないなどもどうでもいい。人気がある、ないも、金になるならないもどうでもいい。プロアマ関係がない。大切なことは、地球とひとのエゴに関わらない、幸福。それを詩のジャンルでもできる範囲で協力している。会社でもほかのジャンルのことでも、そのくらいしか納得できる考えはわたしにはない。ただ、何に価値を認めるか、何を好きかは人ぞれぞれなので、特に関与はしない。わたしも好きにするし、みなも、あるいはひとそれぞれ好きにすればいい。エラクなりたいひとはそれでよい、金をかせぎたいひとはそれでよい、ほめられたいひと、尊敬されたいひと、みなぞれぞれ。自由意志でできれば善のほうが望ましいが。やがて棲み分けがはっきりとしてくる、いまは端境期、あるいはある段階の一つの起点。すべてのジャンル(分野・共同体)や人々(人類)はやがて一つにまとまり(統合)され、地球という惑星が、光輝くものになる。そのなかで、いくつか魂のグループ分けがある。「神の計画」の第1段階(ひとそれぞれ名称や定義があると思うので、あくまでわたしの役割からみた「神の計画」「段階」)はできたようなので、実はもうわたしは見えない形でずっと協力してきていたので、この段階で地を去ってもよい(任務完了)のだが、平均寿命的にみてあと三十年くらいはあるので(良くてわたしは86歳で亡くなる)、あとはやり残しを叶えるだけ。短ければ、これからの危機的状況もあり、あと1、2年だが、意外と子供のころから一人でサバイバル感覚で生きてきたので、するするとウナギやヤナギのように、危機からすり抜けて、最後のほうまで生き延びるタイプだと思うのだが、それでも寿命はあるし、この地上で永遠に生きようとも思わないので、もうこのへんで十分と思うような時期があるという気がする。そのあと、とくに49日内であちこちであいさつやお礼などしないで、とっとと宇宙か天界にでも還ってしまうような気がする。ちなみに「信じる」ということは「創る」ことに通じる。

この正月の楽しみに、プライムビデオで「劇場版SPEC」など数作(3作くらいかな)を視聴していた。最後の最後、のシーンの終わり方、描き方はあれでよいのかなと、もし自分が作り手ならどうするか、自分で考えたりしている
ほかにお遊戯のような自分たちのレベルだが、朝・夜のZOOMのヨガに参加していた。プロのダンサー等も参加しているようだが、わたしと家族はほとんど猫がごろごろしているような程度(あくまでわたしたちが初心者)だが、未熟でもそれも楽しい。

自分、ここで終わったとしても十分楽しかったが、あともうすこし気の向くまま(自分の魂の計画通り)、なにかやっていると思う。ここ最近、現実・物質を超えた空間の動きや映像や出来事を自分の目でかいま見るようになった。(わたしが何を書いているのか、理解できなくてもいい。流してほしい)